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~保険活用で適切な「儲け」の形を作る~

執筆者 大谷 和久 | 2020年2月5日

大きく遅れを取る日本の企業保険活用
日本の損害保険の市場規模は世界147カ国中でアメリカ、中国、ドイツに次いで第4位です。しかしながら、GDPに対する割合でみると2.37%で23位となり、世界平均の2.81%さえ下回っています。
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企業保険と個人保険の区分別統計データがないので、企業保険だけの実態は不明ですが、日本の損害保険市場の60%以上が自動車保険(自賠責を含む)であることから類推すると、個人保険の依存度が大きいと思われます。おそらく、企業保険だけの統計があれば対GDP割合はもっとずっと下位になることでしょう。

言い換えれば、日本の企業が支出している損害保険料が海外の企業と比べ相対的に低いということになります。

日本企業がリスクマネジメントに関し、海外企業に大きく遅れを取っているのは、支払っている保険料の額だけではなく、残念ながら、企業保険の活用方法やその中身についても同様です。企業保険におけるグローバルスタンダードと日本標準は月とスッポンほどの開きがあります。

株式保有の関係や昔からの付き合いといった理由だけで保険会社を選択して、補償内容が自社のニーズに合致しているかどうかを深く検証せずに、保険契約をしている企業がまだ多数派なのです。

「水と安全はただ。」と言われてきたように、日本人は比較的リスクに対して鈍感であり、リスク対策のひとつとしての保険に無頓着の傾向があると言えるでしょう。

“日本村”特有の無駄な保険

日本国内だけでビジネスを展開している企業であれば、この “日本村” 特有の考え方も通用するかもしれませんが、グローバル企業の場合には問題です。

グローバルでビジネス展開をしている企業は、本業のビジネスでは海外の競合他社と同じ土俵で戦っているはずです。ところが、ビジネスのどこにどのようなリスクが有るのかを十分把握せず、すなわち「己を知る」ことのないまま、無駄な保険を手配したり、必要な保険を手配していなかったりしている状況なのです。

このように、戦う前提であるのに「己を知る」ことなく、安心して戦うための備えとなる保険について、周回遅れの現状に甘んじていていいのでしょうか?リスクマネジメントの実践や、効果的な保険手配を通じて、真の意味で海外の競合他社と戦える企業体質を作ることが、日本の企業にとって必要な時期になっているのです。

これから12回にわたり拙著「国際企業保険入門」(中央経済社)の概要を解説する形で日本企業と欧米のグローバル企業のリスクと保険活用の考え方の違いや、欧米企業では当たり前に加入しているものの日本企業ではあまり浸透していない保険について案内していきます。

第1回は企業経営とリスクについて説明します。

適切にリスクを取ることが企業経営の本質

会社経営者は、リスクを適切に取ってチャレンジする、という重要な経営判断をするのが仕事です。もちろん、無茶をすることも投資家を裏切ることになるので、避けるべきリスクは避けなければならないのですが、逆に、取るべきリスクまで避けることは、投資家に対する背任であり、会社経営者として失格です。

本当にリスクをゼロにし、完全にリスク回避するのであれば、事業をやめることです。そんなことはできないので、適切にリスクを取ることが企業経営の本質なのです。当該資産や事業を持ち続けるという判断自体がリスクを取っていることを意味します。

会社経営者は、投資家などの出資者から資産を託されていますが、それは単に預かっておくのではなく、増やすために預かっています。投資だから、当然です。「儲ける」ことが、会社経営者の仕事です。

しかも、預かった「会社」が「社会」の除け者になってしまってはいけません。どんな手段でもいいから儲ける、ということであれば、それはヤクザかマフィアです。永続的に存続し、儲けることも期待できません。経営は「適切」でなければなりません。

会社経営者にとって、「適切に」「儲ける」ことが、そのミッションなのです。

そして、「適切に」「儲ける」ためには、チャレンジすることが必要です。チャレンジしなければ、会社は縮んでいくばかりです。チャレンジは、リスクを取るからこそチャレンジですから、会社経営者にとって、リスクを取ることがミッションに含まれるのです。

リスクを取らない会社経営者は、出資者に対する背任であり、経営者として失格なのです。違う言い方をすると、会社経営者は、その能力と責任をかけて、リスクを取る経営判断を行うことが仕事なのです。

リスクの手当ては保険で

リスクを取ることは博打とは異なります。十分な検討と十分な対策を踏まえて決断するから、ビジネスとなるのであって、経営的な合理性を確認せずに行う冒険や博打とは明らかに異質なのです。無謀な冒険や博打は、「適切に」儲けることにあたりません。

リスクを取っても許されるための手当てを行ったうえで、リスクを取ることが、「適切に」儲けることになるのです。

では、どのような手当てが必要なのでしょうか。

それは、リスクを含む経営戦略を、「十分な情報」で「十分検討」することです。このことは、「経営判断の原則」などに見られるように、十分検討したうえでの経営判断であれば、仮に損失が生じても経営者の責任は追及されない、という法的・社会的な理由によります。

会社組織自体が「儲ける」ためのツールであり、それを、「適切に」「儲ける」ためのツールとして位置付け、機能するように形作ることこそが、会社経営者の行うべき「リスク対策」であり、チャレンジであり、責任を果たすことなのです。

そして、リスクを適切に取るためのツールとして、企業保険が活用されるのです。

キャッシュだけではリスクに対応できない

無借金経営で、キャッシュがふんだんにあり、想定されるリスクに対し、全てキャッシュだけで対応できるのであれば、企業保険は不要です。

けれども、特に公開会社であれば、キャッシュを必要以上に抱え込むことは危険です。

キャッシュが株式時価総額を上回る場合には、会社ごとM&Aで買い取ってしまえば、その差額分だけ何もしなくても儲かることになります。企業買収の標的とされてしまうリスクが高まります。

さらには、キャッシュを遊ばせておくことが、株主に対する怠慢となるリスクです。経営者は、株主から「適切に」「儲ける」ために莫大な資金を託されていますが、抱え込まれたキャッシュはそれ自体では何も生みだしません。ビジネスの機会をみすみす見逃している、という評価につながります。

したがって、普通の会社であれば、全てのリスクにキャッシュだけで対応することは無理です。自分だけで対応できないリスクに対応するために、企業保険が有用なのです。その理由を、もう少し詳しく整理しましょう。

例えば、主力製品を作る主力工場が火災で焼けてしまう事態を想定しましょう。

経営者は、株主から託された資産や事業機会を主力工場などに振り向けていたわけですが、一定の確率で想定される火災のリスクに何の対策も講じず、焼けてしまいました、はい、事業はおしまいです、と開き直ることは、受託者として到底許されません(法的責任)。

さらに、会社は事業を営むために多くの従業員を雇っており、その生活を支えていますが、それを放り出してしまうことも、やはり許されません。従業員の多くの時間を使い、生活を預かることによって、利益を上げていながら、事業継続のために必要な備えを怠ることは、責任放棄になるからです(社会的責任)。

このように、経営者は事業継続のための合理的な対策を講じる責任があるのです。

具体的なシナリオを描いて対応を

主力工場が焼けた場合、メインバンクから融資を受ければいいだろう、いざというときのためにメインバンクがあるのだし、保険料も馬鹿にならない、という考えもあるでしょう。さらには念を入れて、うちの主力工場が焼けた場合に緊急融資してくれるか質問し、当行は全力で貴社を支えます、などの言質を取っている場合もあるでしょう。

けれども、実際の融資判断は、その時々の状況に応じて行われるもので、最善を尽くす約束はできても、将来の融資判断を約束することはできないはずです。実際に主力工場が消失し、主力製品の供給が止まってしまい、数多くの取引先が競合他社の商品の取り扱いを始めてしまう状況で、緊急融資の回収可能性を説明し、融資判断してもらうことは、決して容易なことではありません。

仮に、緊急融資してもらえるとしても、新工場などは担保に供することになるでしょう。

しかし、会社を存続させながら事業継続を目指す場合には、固定費がかかります。主力工場が止まってキャッシュが入らなくなった状況で運転資金についてまで金融機関から融資を受けることは、担保となる資産も考えにくく、難しくなります。

さらに、何よりも、緊急融資決定に至るまでの銀行とのやり取りの手間や時間が惜しいはずです。

単に資金手当ての可能性がある、という漠然とした約束で満足するのではなく、最悪の状況からどのように会社を立て直すのか、というシナリオを具体的に描きましょう。

そこで企業保険の活用です。

上記のような主力工場の焼失に備えてほとんどの企業では火災保険に加入していると思います。しかしながら、事業継続に対する補償はどうでしょう?

建物や設備に対しては火災保険に加入しているものの、事業中断による損失を補償する保険に加入している日本企業は少数派です。

欧米企業ではごく当たり前に加入している事業中断補償の保険ですが、日本企業では少ないという実態が、企業保険の活用が十分ではないという現実を表していると思います。

自社にとってどんなリスクがあるのかを分析し、それを適切に補償できる保険に加入することが、企業保険を活用するということです。


*本稿は『リスク対策.com』の連載・コラムへの寄稿2020/01/29 「グローバルスタンダードな企業保険活用入門-第1回 企業経営とリスク」からの抜粋です。

執筆者プロフィール

関西支店長 兼 グローバル プラクティス ディレクター 治安リスク保険ジャパンヘッド
Corporate Risk and Broking

Chubb損害保険株式会社 執行役員企業営業本部長、チューリッヒ保険会社 企業保険事業本部長を経て、2019年にWTWに入社し、現職を務める。
損害保険業界で40年の経験を持ち、著書に「国際企業保険入門(中央経済社)」がある。「2021年10月 東洋経済 生損保特集号」への寄稿など、各種メディアによる取材記事も多数。


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