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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

エンゲージメントと従業員体験(エンプロイー・エクスペリエンス)から考える人事制度構築

執筆者 植竹 暁 | 2021年7月13日

近年のタレントマネジメント領域の重要トピックであるエンゲージメントは社会の在り方と共に常に変化しており、継続的に見つめ直し状況に応じた適切な施策を打ち続ける必要があります。エンゲージメントに重要な影響を与える従業員体験(EX-エンプロイー・エクスペリエンス)の側面から、今一度人事制度について考えてみましょう。
Compensation Strategy & Design|Work Transformation|Employee Experience|Ukupne nagrade
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エンゲージメントの重要性

そもそもエンゲージメントとは、企業が目指す姿や方向性を従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識、いわば組織の目指すゴールに対する「自発的貢献意欲」を持っている状態を指します。

当社を含めた様々な調査から、エンゲージメントには従業員のリテンションに加え、個人の成長やパフォーマンスとも大きな相関があることが明らかになっています。近年エンゲージメントに注目が集まっている背景には、昨今のキャリア志向の変化や人口構造的な労働者の売り手市場化により人材の流動性が高まっていることに加え、急速なテクノロジーの変化に伴うビジネス環境の変化に対応するため、優秀な従業員を引き留め、高いパフォーマンスを発揮してもらう重要性が増してきていることが考えられます。こうした傾向が今後弱まる可能性は低く、エンゲージメントの重要性はより高まっていくと言えるでしょう。

エンゲージメントと従業員体験(EX:エンプロイー・エクスペリエンス)

エンゲージメントの重要性が認識されるにつれ、当然どのように従業員の間にエンゲージメントを醸成するかが企業の関心事になりました。こうした中、昨今注目を集めているのが従業員体験(EX:エンプロイー・エクスペリエンス)という概念です。

EXとは従業員が会社・組織での様々な活動・事象を通じて体験するあらゆる経験価値のことを指します。これにはキャリア開発や報酬、評価といった人事制度に基づく人事的イベントだけでなく、日々生じる心理的・感覚的体験も含まれ、働くことで得る各種体験は自社に対するエンゲージメントに絶大な影響を与えています。

EXという概念が生まれる前には元々、サービスを含む商品・モノの購買すべてに関わる顧客の体験により企業へのロイヤリティを高め、競合との差別化を図るカスタマーエクスペリエンスという考え方がありました。この考え方がエンゲージメントの重要性が認識されるとともに、会社が従業員を顧客のように扱い、その企業で働く意義を実感できる体験を与え続ける必要性に伴いEXという概念へと発展しました。従業員のエンゲージメントはもちろんのこと、優れた体験を提供できる企業は外部人材の獲得でも高い競争力を発揮でき、人材の流動性の高まりやビジネス環境の変化も相まってEXはエンゲージメントと同様に現在のタレントマネジメント領域の重要なトピックの一つになっています。

当社の研究により、特に高業績企業の従業員のEXと一般的な企業のそれとの比較から、①PURPOSE(強い目的意識を持つ)、②WORK(素晴らしい仕事をする)、③TOTAL REWARD(個人の成長と報酬機会)、④PEOPLE(素晴らしい同僚、顧客、リーダーとの繋がり)、という4つの領域での体験(HPEX: High Performance Employee Experience)がエンゲージメントにおいて重要な役割を果たすことが分かっています(※)。

一方で、例えば最近ではリモートワークによって人とのコミュニケーションのあり方や業務の進め方にも大きな変化が起きていますが、これらが上記の4つの体験領域、特にWORKやPEOPLEの領域に多大な影響を与えることは想像に難しくありません。

コロナ禍によるEXの環境的変化はあくまでただの一例ですが、このようにエンゲージメントとEXは切っても切れない関係にあり、エンゲージメントを維持または向上させるためには、EXの側面から一つ一つの人事施策や制度を継続的に見つめ直すことが求められます。

※詳細はこちらの記事で詳しく解説されておりますので、ご興味のある方はぜひご一読ください。

EXを意識した制度構築の事例

では実際に人事制度構築にEXの視点を入れるとはどのようにすればよいのでしょうか?

ここでは当社のいくつかのプロジェクト事例を参考に、前提条件とその後の3つのステップに分けて解説していきます。

  1. 前提条件:Mindsetを変化させる

    EXの視点を入れた人事制度構築を進めるために満たすべき条件は、従業員のニーズを明確にし、従業員側と経営側双方のニーズを満たすことです。

    一般的に人事制度は企業の「従業員にこんな風に働いてもらいたい」という思いを実現させる形で構築されますが、EXの視点では「私はこんな風に働きたい」という従業員側の思いを実現させる必要があります。ともすると企業側は「やりがい」「キャリア開発」「報酬」といったものを従業員は求めているという前提で話を進めがちです。EXの視点で人事制度を再構築するといったプロジェクトでは、予断を排し、従業員の本当のニーズを確認することが求められます。

  2. 目的とターゲットを設定する

    そもそも人事制度とは、従業員がやりがいを持って企業活動に参加する方向付けの手段であるとともに、経営戦略の達成やMissionの実現などを通して企業が社会的意義を果たすための手段であり、人事制度自体は目的になりえません。

    EXの視点の有無にかかわらず、人事制度の検討には「何を目的にどのような制度を作るのか」というゴールの設定が必要になりますが、これがEX視点での人事制度構築の場合には「①何のために / ②どのようなニーズを持つ誰に / ③どのように働いてもらうか」というゴール設定に置き換わります。実際のケースでは「何のために」という目的や「誰」というターゲットは定義できていても、人事施策を検討する上で重要になる「どのようなニーズを持つか」「どのように働いてもらうか」という点については最初の段階では明確になっていないケースがほとんどです。

    ターゲットのニーズやどのように働いてもらうか、という点はこの後のステップで詳細を詰めていくため、むしろここで最も重要なのは、人事施策の意義そのものである目的はもちろんのこと、ターゲットとなる「誰」を明確に定義できていることです。そもそも従業員が多種多様な矛盾しうるニーズを持っていることに加え、多くの企業においては時間も経営資源も限られており、誰もかれもが満足のいく体験を提供し続けることは難しいのが現実です。そのような現実がある以上、「誰」を明確にし、その人材にフォーカスすることが必要になります。一般的には、ハイパフォーマーや業績に直結するコアコンピタンスを持つ人材、または特定の課題を抱えており、その解決によって企業側に大きなメリットを生むような人材がフォーカスすべき人材と言えるでしょう。

    この段階では仮に「適切な人材ポートフォリオ実現のため将来の幹部候補となる優秀な若手社員の離職率を下げる」という目的/ターゲットを設定してみます。

  3. ペルソナを設定しニーズを明確にする

    フォーカスすべきターゲットが定義できたら、次のステップは「ペルソナ=様々な属性によって明確化された人物像」の設定です。

    ペルソナ設定では、ターゲットの典型的な人物像を「パーソナリティ」「教育的バックグラウンド」「これまでのキャリアや今後のキャリアビジョン」「働く上で大事にしている価値観」「部内での評価」などによって具体的に定義することで、従業員のニーズ・企業側のニーズそれぞれを満たすにはどのような体験を提供することが望ましいかがイメージしやすくなります。

    ここでも仮に以下のようなペルソナを設定してみます。

    • 困難な業務にこそやりがいを感じる挑戦者タイプ
    • 以前、本来は自身より高い等級の社員が任されるようなプロジェクトを担当した際には大いにやりがいを感じ、高いパフォーマンスを発揮していた
    • 成長意欲が高く他者からのフィードバックを積極的に日々の業務へ還元している
    • 学習意欲も高く、まったく異なる部門への異動も挑戦として好意的に理解している
    • その一方、異動先の職種の経験がないために担当業務のレベルが下がったことで、やりがいを感じにくくなっている
    • 異動先の部門の評価でもポテンシャルに対する評価は高いものの、ポテンシャルに見合った業務に空きがないため持て余し気味
    • この会社でしか通用しないジェネラリストではなく、マーケットで必要とされる幅広い分野のある程度専門性を持つ真のジェネラリスト、または特定の分野に高い専門性を持つスペシャリストになりたいという意識がある

    こうしたペルソナの設定は想像で補う部分ももちろんありますが、実際のプロジェクトでは人事担当者から様々なキーワードがどこからともなく出てくることが多く、フォーカスしている人材とペルソナがかけ離れ過ぎないように従業員意識調査やフォーカスグループインタビューなどからある程度データの裏付けを持っておくことも重要です。

  4. Employee Journey=どのように働いてもらうか、とそれに基づく人事制度を設計する

    「何のために」と「どのようなニーズを持つ誰に」が定まると、次はどのような体験をしてもらうか=Employee Journey mapの作成およびそれを実現する人事制度の設計が必要になってきます。

    Employee Journey Mapは評価、異動、昇格、などといった入社から退社までの人事イベントにおいて心理的・感覚的なものを含めどのような体験をするのかを整理し、関連する施策とマッピングするためのツールです。

    例えば今回「成長意欲が高く、挑戦にやりがいを感じる優秀な若手社員を引き留めること」を目的としていますが、このようなペルソナにとって「福利厚生が充実しており、ワークライフバランスが守られている」「様々なローテーションを通して長期間を見据えて安定的に成長できる」といったものは価値ある体験となり、離職を思いとどまらせる効果があるでしょうか?

    体験自体の優劣の話ではなく、上記の例は一部の方にはとっては素晴らしいEXにある可能性もありますが、今回のターゲットとなるペルソナのニーズとは合致しないEXだと言えるでしょう。

    むしろ今回のようなペルソナの場合、「やる気と実力次第でストレッチ目標に挑戦でき、困難な仕事をやり遂げることでやりがいを感じられる、成長を実感できる」や「挑戦する姿勢を上司や同僚が見てくれており、困難な状況にある時は必要な支援を望める。良い点も悪い点もモチベーションに繋がる形でフィードバックを受けられる」、「自身の志向と適性に基づいて成長し、自分の希望するキャリアを積み上げていけるように会社がサポートしてくれる」といった体験が求められている可能性が高いです。

    実際にはここから社内に数多ある様々な背景や制約条件と照らし合わせながら、実行可能かつ効果が高い人事施策に落とし込んでいきます。背景や制約条件などを設定せずにあくまで一例をご紹介するのであれば、「特定の条件を満たした人材に対する早期選抜・登用制度」、「人材ポートフォリオ・等級の棚卸しを含めた職務設計の見直し」「マネージャの職務設計の見直しと評価・フィードバック・コーチングのKPI化」「本人と志向と適性に応じたジェネラリスト型とスペシャリスト型のデュアルラダーの採用」など、本人のやる気とパフォーマンスがある限りいつでも挑戦できる、自身の手で自身のキャリアを作り上げられる機会とそのサポートを提供できる施策・制度が離職を防止するためには必要と言えるでしょう。

    今回はいくつかのプロジェクト事例から実際に人事制度を構築するステップについてご紹介しました。ゴール・ペルソナ設定、施策や制度への落とし込みにはそれぞれ個社特有の多くの背景・狙い・課題があるため、表面的に似たような状況にある他社の事例を参考に同様の人事施策を導入してもあまり意味はありません。時には企業側のニーズと矛盾する従業員のニーズとも愚直に向き合い、従業員側・企業側双方のニーズが合致する高い次元での落としどころを粘り強く探し続けることが求められているのです。

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