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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

【改定版】職務等級制度の導入に求められる経営陣の“覚悟”

執筆者 松尾 梓司 | 2019年7月22日

職能資格制度を改め、役割等級制度や職務等級制度への変更を図る企業は、この数年増加の一途を辿っている。労務行政研究所が2018年に実施した「人事労務諸制度実施状況調査」によると、2013年から2018年の間に職務等級制度の実施企業はほぼ倍増し、役割等級制度の実施企業も3割に到達、となっている(職能資格制度の実施企業は約5割)。
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しかし、実際に職務等級制度を導入した企業の中で、「等級制度やそれに紐づく評価制度・報酬制度を設計したのはいいものの、社員の理解・納得が得られない」や、「社員のみならず役員レベルでも職務等級制度に懐疑的な声が上がり、制度の企画までは進んだものの最終的な導入に至らない」、「せっかく導入したがうまく運用できない」、という悩みを抱えるところは少なくない。職務等級制度の企画・導入・運用の支援を提供する当社にも、こうした相談がこの数年益々増えている、という肌感覚がある。 

以下は、2016年9月に当社ニュースレターとして発行した内容を一部改定したものだが、約3年たった今日において、同様の悩みをお抱えの企業が多くいらっしゃると考え、再掲させていただく。

【職務等級制度の導入により "できなくなること" 】

職能資格制度と職務等級制度で、概念的に最も異なるのは、等級決定の根拠である。社員一人ひとりの職務遂行能力の大きさに基づき、社員個人即ち"人"に等級を付与する職能資格制度に対し、職務等級制度は、各"ポジション"(イメージとして "椅子"と表現することも多い)に、職務価値の大きさに応じた等級を設定するものである。このような違いがあるため、職務等級制度の導入により、これまで実施してきた人事施策の中で、できなくなることが発生し、このことが、職務等級制度への疑念を生む要因となっている。

  1. 昇格に基づく動機づけができなくなる 
    職務遂行能力は時間を経て徐々に向上し、それに合わせて昇格する、というのが職能資格制度の考え方であり、毎年評価等を通じて各社員の能力を確認し、昇格を判断する。そのため、能力をシビアに評価したとしても、年功的な色彩は一定程度残る仕組みといえる。一方の職務等級制度では、ポジションへの任用に基づき、当該社員に適用される等級が定まるため、能力向上に合わせた昇格、という概念そのものが消失する。業務や責任範囲に変更は無いものの、長年の貢献に報いるなどの理由で、動機づけのために昇格させる、という職能資格制度で見られがちな運用は職務等級制度では行えない。これを"動機づけの重要なツールを失う"と捉える企業は、職務等級制度の導入に否定的になる。 
     
  2. 職務・役割と報酬の切り分けができなくなる
    一般的に、職能資格制度では等級と役割を切り離して管理している。低等級で報酬水準も等級相当だが、高い役割を付与される若手社員がいる一方で、以前より役割は低下したものの、高等級・高報酬を維持するベテラン社員も存在する、ということが職能資格制度では可能である。しかし、職務(役割)と報酬が直接リンクする職務等級制度では、高職位から低職位に降職すると、それに合わせて報酬も減額となるのが基本的な考え方であり、等級と報酬を切り分けて運用することができない。中長期的な貢献の蓄積は反映しづらく、現在生み出している価値に即時に報酬で報いる、というインセンティブの考え方が根本的に変わるといえる。上記のベテラン社員にとっては厳しい制度であり、当然に職務等級制度導入への抵抗が懸念される。一方、若手社員からすると、高職位に抜擢されることで報酬も高まるチャンスがある制度であり、前向きに受け入れられやすい傾向にある。
     
    職務等級制度は、導入時にこのような世代間闘争を生みかねないものであり、このことから導入に二の足を踏む企業は少なくない。また、実際問題として、ベテラン社員を降職させ報酬も引き下げることに抵抗感を持つ企業も多く、導入に躊躇する要因となっている。

【"できなくなる" ではなく "できるようになる" という価値の訴求】 

このように、"できなくなること"を挙げると、職務等級制度の導入に二の足を踏みがちになるが、これと表裏にある"できるようになること"に目を向けると、印象が異なってくるはずだ。
"昇格に基づく動機づけができなくなる" ということを "登用に基づいた動機づけを図ることができるようになる"と読みかえてみると、年齢や経験を問わず、当該ポジションに最適な人材が任用される職務等級制度は、若手はもちろんのこと、ベテランであってもその社員が最適な人材であれば、そのポジションに就くことができるという、極めてフェアな制度となる。このようなインセンティブの考え方と決定方法の変更について、しっかりと経営陣や社員が理解することで、職務等級制度への抵抗感は一定程度緩和できる。また、適切な人材の登用を実現するために、人材アセスメントを実施するなどして社員の能力の把握を行うこと、そしてそのような施策の実施を社員に伝えることにより、人選の適切さを担保・演出することが可能となる。 

なお人選について、職能資格制度では得てして、昇格をさせたい社員がいる場合に、意図的に評価に"下駄をはかせる"ことをして、自社が定める昇格要件を満たすという、あまり健康的とは言い難い運用がされることも少なくない。職務等級制度では、昇格という概念がないため、このような評価の恣意的なコントロールはできないし、する必要がない。職務等級制度では、より上位のポジションに任用したい社員にはかせる"下駄"は、評価ではなく"職務・役割"となる。上位ポジションでの活躍が高い蓋然性を持って見込まれることを示しうる職務・役割を発揮する場面を与え、当該社員がそれに応えることが、実際の任用に繋がる。

"職務・役割と報酬の切り分けができなくなる"も、"職務・役割と報酬がリンクできるようになる"と言いかえてみると、これまで高い役割を担ってきた相対的に低報酬の若手などにとっては、非常にポジティブなメッセージとなる。もちろん、職務の大きさ(職務価値)が適切に評価され、それに見合った報酬水準が設定されることがこのメッセージの前提となるため、これらの実施の徹底が必要だ。また、降職に伴う報酬減が起きる社員に対しては、一定の移行措置を用意することにより、職務・役割と報酬のリンクに対する否定的な感情が緩和されることが期待できる。こうした施策とセットで、"できるようになること"を社員に伝え、職務等級制度の導入への前向きな社内世論を醸成したい。 

できなくなるではなくできるようになるという価値の訴求 
<できなくなる" ではなく "できるようになる" という価値の訴求>

【職務等級制度の導入に求められる会社の"覚悟"】 

実は、職務等級制度を導入した後でも、これらの"できなくなること"を回避することは不可能ではない。例えば、ポジションへの任用を、その職責を果たせる最適な人材を登用するのではなく、年功をベースに決定することで、昇格に基づく動機づけと同様な効果を生むことができる。また、これによりベテランの報酬水準を維持することも可能となる。しかし、こうした運用を行ってしまうと、その恩恵にあずからない社員の反発は避けられない。職務等級制度を導入すると決めた以上は、"できなくなること" を受け入れ、適切に運用することが肝要である。

職能資格制度から職務等級制度への移行は、単なる制度の見直しに留まらず、人事上の極めて大きなパラダイム転換である。慎重に検討し、導入を決定した場合には、変化を恐れない"覚悟"を経営陣が持ち続けることが、職務等級制度導入の成功の鍵を握る。

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