メインコンテンツへスキップ
main content, press tab to continue
特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

人事施策の変革における“社員以外”に目を向けたチェンジマネジメントの重要性

執筆者 松尾 梓司 | 4月 2017年

人事システムや人事制度の新規導入・見直しを円滑に実現するよう、影響を受ける社員に対して新施策の適用時より前からコミュニケーションやトレーニング等を適切に実施するという、いわゆる“チェンジマネジメント”の取り組みを重視する企業が近年増えてきたと感じている。仮に社員にとってメリットのあるシステム・制度への転換であったとしても、慣れ親しんだものが変わるというのは、新たな習熟が強いられるなど社員にネガティブな影響を及ぼすことは避けられない。
Employee Experience
N/A

人事システムや人事制度の新規導入・見直しを円滑に実現するよう、影響を受ける社員に対して新施策の適用時より前からコミュニケーションやトレーニング等を適切に実施するという、いわゆる“チェンジマネジメント”の取り組みを重視する企業が近年増えてきたと感じている。仮に社員にとってメリットのあるシステム・制度への転換であったとしても、慣れ親しんだものが変わるというのは新たな習熟が強いられるなど、社員がネガティブに感じる影響をもたらすことは避けられない。チェンジマネジメントは、社員に対する様々な働きかけを通じて、こうしたネガティブな影響を最短・最小限に留める取り組みであり、その重要性を多くの企業が認知しているのは望ましいことといえる。

ただし、「新制度を社員にわかりやすく伝える」や「新システムの利用方法についての社員向けトレーニングを実施する」など、社員のみをチェンジマネジメントの対象と捉えるだけでは、効果的・効率的な変革を実現することは難しい(残念ながらこのような事例は実に多い)。社員のチェンジマネジメントを適切に推進する上で、社員以外のステークホルダーに対する働きかけが重要となる局面は多岐にわたる。本稿では主に人事関連のチェンジマネジメントにおいて、社員の他に目を向けるべき対象とその内容について考えたい。

【意思決定者である経営層】
新システム・制度の最終的なゴーサインを出す経営層の意思決定が、総論賛成、各論反対のまま想定通りに進まず、その結果として導入スケジュールが大幅に遅延するというケースをこれまで少なからず目にしてきた。このような状況を生む原因が所管部署の企画内容の品質そのものにあることは稀であり、経営層の人事制度やその運用に対する理解や認識の実態とのずれ、最終的には一人別で顔が見えてくることで子飼いの部下に不利益と思われる変更が生じることへのためらい、といったソフトな領域と、意思決定のプロセス・手法と人事部門のアプローチとのずれに要因が見いだされることが多い。

例えば、社長と人事担当役員またビジネスラインの担当役員の合議で決定が下され、一人でも反対すると議論が次回の役員会に持ち越される、というような意思決定がとられる企業では、人事施策の導入・見直しに時間がかかる傾向が見られる。社長や各役員が相互に大きく異なる自身のアジェンダ(問題意識)を持っていたり、システム・制度の本質と離れたところで役員間の政治的な駆け引きがなされていたりすると、所管部門から同じ場で説明を受けてもそれぞれが異なる文脈でその内容を解釈し、結果として一部が反対に回る、ということが起きがちである。

経営層の意思決定の遅延を避けるために重要なことは、経営層全体という一つの人格を対象としたコミュニケーションではなく、社長や役員一人ひとりのアジェンダや意思決定の勘所を適切に把握し、各個人が新施策を前向きに受け止められる個別のメッセージをそれぞれの役員に訴求することである(当然、全体としてのメッセージの整合性は担保する必要はある)。また、他の役員に影響を与えるキーパーソンを特定し、全社にとっての利益の最大化という観点からの徹底的な働きかけを通じて、その人をチェンジの強い味方にすることで政治的駆け引きに陥るリスクを低減することもできよう。

経営判断による開発・企画途中での方針転換といった新システム・制度の導入における最悪の事態を避けるためにも、初期の段階から経営層のBuy-In(巻き込み)を図り、変革のマイルストーンごとにGoの明確な判断を得ることは、チェンジマネジメントの円滑な進捗を実現するうえで非常に重要である。社員に対するチェンジマネジメント施策の検討に先立ち、経営層への働きかけの施策を最優先で企画することをお勧めする。

【前任者もしくは過去の経緯というしがらみ】
現行の人事システムや人事制度は、過去にその導入に貢献した前任者の尽力で出来上がったものである。これを廃止して新しいものに置き換えるという動きに対し、自身の過去を否定されたと感じる前任者が強硬に反対する、ということは案外よくあることだ。特に職種間の異動がない企業では、前任者が継続して人事部門にいることもがく「今の仕組みは十分に良いものだ、変える必要などない」などと、システム・制度改定に否定的なスタンスをとる、というケースを目にすることもある。

このような過去に貢献があり現在も一定の存在感を有する前任者という“しがらみ”にとらわれ、過度な遠慮・配慮をしてしまうと、システム・制度の企画がスムーズに進まず進捗に悪影響を及ぼしたり、入れるべき機能を十分に盛り込めず中途半端なシステム・制度となってしまう、といったリスクが生まれかねない。

チェンジマネジメントの初期段階に実施することとして、導入予定の施策の“結果”、どの属性の社員がどのような影響を受けるか、そしてその影響がネガティブなものの場合、どう対処することが妥当であるかを整理する“対象者分析”がある。一方、施策の“企画時点”で障害となる人物の検討となると、役員など意思決定者のみとなりがちだ。表立った検討は難しいかもしれないが“身内に敵が潜んでいる可能性”にも目を向け、なんらかの“しがらみ”が進捗上のリスクとなることがないか検討することが重要である。

仮に過去の経緯リスクや前任者リスクが認められる場合、現行システム・制度を批判的に捉え、「課題があるから見直す」というスタンスをとることは、前任者の過去を否定するメッセージとなりかねず、禁物である。「現在の労働市場の動向に適切に対応するための人事制度の改善」など、現行システム・制度の企画時からの時代の変化といった、誰にも否定できない論理で見直しの理屈を組み立てることが一案である。もしくは、「〇〇機能を強化するための人事システムの見直し」のように、“課題があるから解決する”ではなく、“現行のものも悪くはないが、より良くする”という、“改善”の取り組みであることを強調することも有効だろう。

「同じ部門で働く社員にそこまで配慮が必要か?」と感じるかもしれないが、変革を阻害するあらゆる可能性に目を向け可能な限り排除するという意識と取り組みが、有効なチェンジマネジメントを実現するうえで不可欠である。

こうしたことも、変化の激しい事業環境の中で、変わることがあたりまえ、変わらないことはリスクだ、という人事部門の意識の変化が解消に向かうと思われる。

【自信に欠けた企画部門の社員自身】
システム・制度の見直しを所管する部門の社員自身が、企画段階で施策の内容や実現可能性に十分な自信を持てない、というのもよくある事象だ。部門内で、システム・制度改定の目的や期待する成果について十分な理解・共有がされていないと「本当に必要な施策なのか?」という疑念が一部に生まれて部門全体に波及する、ということが起きたりする。また特に社員の不利益変更を伴う人事制度改定では、「どうやっても組合同意が得られない、これ以上考えてもしかたがない」と企画側が自信を喪失してしまい、議論そのものが停滞するということも起きがちである。

経営層からシステム・制度見直しの承認をとり、社員に対して堂々とコミュニケーションをとる立場にある企画側の社員は、新システム・制度に対して一定の信頼と自信を持つことが強く望まれる。仮に企画側で“自信の無さ”が垣間見られた場合には一旦施策の内容についての検討は中断し、「なぜ変えるのか」という原点に立ち返った議論を行い、意義のある取り組みであるという認識を全体で改めて確認することが重要だ。また、先に挙げた組合同意が得られないなど変更にあたって想定される大きなリスクについても、どのように対応・回避できるか皆で知恵を出し合うことで、仮にその場で解は出なくとも部門一丸となって取り組んでいく、という意識を醸成することはできる。

企画サイドがその変革の先にある未来像を具現化し、それを信じられること。 これにより自信をもって取り組む環境を作り、チェンジマネジメントを適切に推進できる体制を構築することは、変革を進める上で最も重要なことである。部門や変革プロジェクトのリーダーには特に心がけていただきたいポイントである。

このように、システム・制度の見直しに関わる対象すべてに抜け漏れなく目を向け、それぞれがどのような意識をもって行動することが想定されるかを考え、適切な対応を図ることも、社員へのコミュニケーションと同等にチェンジマネジメントでは重要となる。それぞれの主体が想定されうる最悪の反応を示した場合、という仮説をおいて対応策を立案・実施できれば、変革をよりスムーズに進められるだろう。何らかの人事施策の変革を進められている方には、変革が及ぼす影響を対象となる社員のみと捉えるのではなく、幅広に考えてチェンジマネジメントに取り組んでいただきたい。

化し、それを信じられること。 これにより自信をもって取り組む環境を作り、チェンジマネジメントを適切に推進できる体制を構築することは、変革を進める上で最も重要なことである。部門や変革プロジェクトのリーダーには特に心がけていただきたいポイントである。

このように、システム・制度の見直しに関わる対象すべてに抜け漏れなく目を向け、それぞれがどのような意識をもって行動することが想定されるかを考え、適切な対応を図ることも、社員へのコミュニケーションと同等にチェンジマネジメントでは重要となる。それぞれの主体が想定されうる最悪の反応を示した場合、という仮説をおいて対応策を立案・実施できれば、変革をよりスムーズに進められるだろう。何らかの人事施策の変革を進められている方には、変革が及ぼす影響を対象となる社員のみと捉えるのではなく、幅広に考えてチェンジマネジメントに取り組んでいただきたい。


【 執筆者プロフィール 】

松尾 梓司 (まつお しんじ) 
コンサルタント
Talent & Rewards

日系コンサルティングファーム・外資系PRエージェンシー等を経てウイリス・タワーズワトソン入社。経営ビジョン浸透や企業合併等に係るチェンジマネジメントなど、対従業員コミュニケーションに関するコンサルティングに従事。また、コーポレートコミュニケーションや商品PRなど、様々なコミュニケーション実施支援の実績を有する。

コミュニケーションコンサルティング以外の領域として、人事制度構築及び運用支援や、若手・中堅層を対象としたビジネススキル研修の企画・講師等も行っている。

京都大学法学部卒業。

Contact us